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久々にリアムとルース

2008年04月29日 01:24

Liam & Ruth


 甥リアムと姪ルース。久々の登場?

 週末は珍しく泊まりの来客。相方の兄ニール。
 日曜のお昼、英・バーミンガム近くのコベントリという街でラグビーの試合があり、それを見に行くためD市超早朝(ちょうそうちょう…言いにくい・笑)の便でマンチェスターへ。そこから電車に乗り換えてコベントリへ・・・という旅程だったみたい。

 彼の住むとこは南部のコーク市。
 車で約3時間半かけてD市のウチんとこに着いたのは土曜夜8時。
 晩ゴハンを食べるのかどうか訊いてなかったんだけど、簡単にポテサラと普通のグリーンサラダを用意して、アスパラをソテーして、1枚多くサーロインステーキを買っておきました。「夕方に軽く食べてきた」と話してたけど、やっぱお腹は少し空いてたみたい。ステーキのソースは超手抜きで、実家から送られてくる「ジンギスカンのたれ(通称ジンタレ)」を肉汁とあわせたもの。結構合うんですよ、これが。こっちでも手に入る焼肉のタレだと甘すぎるので、辛口のジンタレがベター。で、義兄さん。肉をペロリと平らげ、ビールも3本グイっと飲み干し、早めに就寝されました。「赤肉はあまり得意じゃなくて~」とか「チーズはどこどこの~」とか、「オーガニックのジャガイモじゃないと~」とかほざく義姉とは大違いな「メシ?なんでもいいよ」な人。扱いが楽なのって最高ですね。

 日曜の朝はウチらがまだ寝てる間に用意して、5時にここを出発。 8時くらいにマンチェスターに着き、電車で移動してラグビーの試合を見て、勝利を見届け(これ大事)、D市へトンボ帰り。夜10時ちょい過ぎに戻ってきたけれど、すぐに車に乗りコークに帰って行きました。夜道ですいてただろうから、スピード出しまくったんだろうなぁ。



 というわけで、です。
 義兄さんが持ってたリアムとルースの写真をスキャンしました。
 2人とも随分大きくなった、と思いませんか?
 前にここで紹介したのは、半年くらい前でしたね。

 姪ルースの病気のことや甥リアムの過去記事です。 >>

 ルースもおかげさまで調子いいです。
 握力がすごいんだって。
 この前なんかお義母さんのネックレスを掴んで切っちゃったみたい(笑)

Ruth


 ペースメイカーの調子も大丈夫だそうだけど、それでも定期的に、というか月に一度(くらいなのかな)はしっかり検査も欠かせないとのこと。自宅でもパソコンにはワイヤレスを設定しないとか、携帯電話の扱いにも注意してるみたいです。それでも1年半前が嘘みたいに、順調に大きくなってってます。次に僕らがリアムとルースに会うのは7月上旬の予定。楽しみです。


※おまけ
この前ルースと義兄家族が新聞に出たんですよ。↓

Ruth (IE)


心臓病を克服した女の子と家族の愛・・・みたいな。
救ってくれた病院のためにマラソンに挑戦、ということも。
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浅田真央の新コーチ

2008年04月07日 08:07

 「・・・には誰が相応しいだろう!?」

 と思いめぐらせて終わったこの週末。
 なんて嘘です。ただ風邪ひいてボーっとしちゃってただけの話。
 なので、「新コーチ決定!」とかいうニュースなエントリーじゃありません。

 それでも、この前のニュースを読んでから色々と考えました。
 「外国人」「名古屋で指導可能」「振付師とのコラボ」
 の3つでしたっけ、条件は。
 「名古屋で指導可能」を排除すれば、難航しないんじゃないかと思うんですけどね。

 で、相方と話していてふと思い浮かんだ人・・・。

Brian & Brian


 右側の人です。名前はブライアン・ボイタノ
 ていうか、左の人もブライアンって名前です。
 今から20年前ですねぇ。ああ、そんなに経っちゃったのか。
 1988年カルガリー五輪男子シングルで優勝したのが右側のブライアン。
 銀メダルで地元カナダの観客を沸かせたのが左側のブライアン・オーサー
 「ブライアン対決」と呼ばれた歴史に残る名勝負でした。
 自分はボイタノの演技のほうが好きでした。
 顔だけでいえばオーサーのほうが好きだったんですけどねー(笑)。

 で、なんでブライアン・ボイタノが浮かんだかという理由です。
 めちゃくちゃ安易だと思うんですが、こんな感じ。

 「オーサーがユナを教えるなら、ユナのライバルの真央は僕が教える!」

Mao & Yu-Na


 キム・ユナは昨シーズンからブライアン・オーサーの指導を受けてますね。
 オーサーがトップクラスの選手を持つのは初めてだったでしょうか。
 昔世界トップで滑っていた選手たちが、今はコーチとしてリンクサイドに立つ時代。
 ペトレンコはジョニー・ウィアーについてヨーテボリへ。
 ウルマノフはボロノフをトップ10に導き・・・とコーチとしても大活躍。

 「じゃ、ボイタノもやっちゃおうよ!」

 ・・・という流れで、彼の名が出てきたわけでした。

 彼がアメリカを完全に離れるというのは考えられないけれど、名古屋で集中的に調整するときに来てもらったり、北米で調整するときには現地でついてもらったり・・・というのは、有り得なくはないんじゃないかな、と。

 で、ボイタノといえば片手を上げて雄大に跳ぶトリプルルッツ
 真央選手の課題といえば、インサイドで踏切がちなトリプルルッツ

 ・・・カンペキ。

 彼女がどの先生につくにしろ、妥協せず、納得いくカタチで前進していって欲しいです。
 でもでも。「ブライアン対決、再び (in 2010)」ってすごくドラマティックだと思うよ。


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