So Hot She's On Fire
今季は欧州選手権4位、トリノ五輪8位、3月の世界選手権では初のトップ10入りとなる6位に入賞したサラ・マイアー。怪我から復帰しスケーターとして華を咲かせ始めた彼女のカルガリーでのインタビューです。長くなったため2回にわけてこのブログで紹介します。
5月にはジャパンオープン出場のため来日する彼女。どんな演技で魅了してくれるでしょうか。
(Interviewed by Jacqueline Z. @ EOI Global)
−フィギュアスケートの選手、アイスホッケーといわゆる「スケート一家」に育ったようですね。スケーターになるべくして生まれてきた、という感じですね。
サラ:そうかもしれません。父は元アイスホッケーの選手で今はチューリッヒにあるアイスホッケークラブの理事をしています。私の従兄弟、私のコーチのご主人もアイスホッケーの選手です。私は叔母にコーチをしてもらっていて、私の母、妹はシンクロナイズドスケートをしています。母はジャッジでもあるんですよ。けれど私がシニアの競技会に出ているので、ジャッジするのはジュニアの試合に限られています。彼女は私の所属しているクラブ(チューリッヒ)の設立者のひとりでもあります。両親がずっと氷の上にいたので私も気がついたら氷に乗っていたという感じですね。そこでフィギュアスケートをやってみようということになったわけですが、嫌いではなかったみたいです。まず子供用のレッスンを受け初めて、4歳か5歳の頃に週に一度のペースで個人レッスンも受けるようになりました。叔母の指導の下で滑ることが多かったです。
−自分に才能がある、と自覚したのはいつ頃ですか?
サラ:すごく遅かったです。母が撮影したビデオテープを見ていたときでしたが、母は「アナタには全然才能がないわ。何か違うスポーツをしたほうがいいかもしれない」と話していたんですよ。他の子供たちのほうがはるかに上手だったし、たくさん練習しようとも思っていませんでした。もし私が一生懸命練習する子供だったら母は喜んだかもしれませんが、私はそんなに練習したくなかったんです。けれど、11歳のときにスイス国内のノービス選手権で2番になって、そこで初めて「私には才能があるんじゃないか」と思いました。特にジャンプに関してはそう確信しましたね。ジャンプを習得するのがとても早かったんですよ。